世界観

 人をあやめれば、心を正常には動かせなくなるだろう、その後の人生は、自殺。

この行方は、あまりに現実的だ。人間は脆弱だから。世界を破壊しても、正常な心を保つのは、再現できないことではないかもしれないが、非現実的で非科学的だろう。

 

 なので、わたしは、罪を犯した私が、自殺したと聴いて、安心した。そんな世界に産まれてよかったと思った。それに、ほっとした。

罪を償わずに、生きる事には、違和感しかないし、不安感ばかり募る。わたしは、正常だ。罪の意識がある私は、普通の一般的な人間だ。

 罪を犯した、わたしの人生は不幸だし、この先に待つのは、悲惨で無価値な絶望の黒い液体だ。そう思えるのは、この世界が、どこまでいっても、平行に現実という空間であることを意味している気がする。

 

 とにかく、わたしは、不幸な道を歩き、自殺でおわる。わたしは、正常な人間だ。

不幸な人生でよかった。安心する。

 

 わたしは、不幸になりたいんだ。そうでないと、不安感に襲われる。不安感は、心にぽっかり、自傷衝動の欲求に似ている現象だと思う。実際、この不安感は、自傷で解消できるから、この不安感の正体は、自分が少しでも嬉しい、幸せと思うことへの、違和感、罪悪感に近いものなのかもしれない。

 

 いつまでも、こうして不毛な文章で白い絨毯を汚したくないので、

現実的、具体的な口論にしようと思います。

 実際、わたしは、どうしたいんだろう。今でも悩む。ずっと悩み続けるのかな。

死にたくないけど、死にたくなるくらい残酷な道しか残ってないよ。

 死ぬ一歩手前のわたしで、あと少しいられれば、それでいい。だから、これでいいのかな。でも、笑えない人生に何の意味が、今も生きてここにいる理由がないよ。

 みんなはどうしているんだろう。決まっているよ。選べる道がないよ。

安心?、不安?、どうして、そんな世界に?

 

 死にたくなるくらい苦しい道を、歩いていれば、いつか楽になるのかな。

安心したかったんだ。でも間違っていた。そうじゃない。ただ、死にたくなる感情を抑えてくれさえすればいい。わたしの存在意義が少しでも残ればいい。

でも、幸せになりたいわけじゃない。本当は、はやく死にたい。望みは過労死。

あれ、結局、どうしたいんだろう。答えのない、道だ。

 わたしの存在を否定されると、安心する。やっぱり、生きていちゃいけない存在だと確認できるから。私が安心するには、断罪される必要があるんだ。もしくは、そういう漫画、アニメ、主人公を視るか、真の望みは、断罪され処刑されることだけれども。

 

私は、否定されるのが当たり前な、自分を責め続ける人間と相性がいいのかな。

一緒に、心中する未来しか見えない。